偏差値40台からの早稲田逆転合格体験記 #1 ― 自称進学校での苦悩編 ―

現実とは思えなかった。

「おめでとうございます。合格です」

「えええええええええええええ!!!!???」

その言葉が電話口から聞こえた瞬間、僕は思わず家じゅうに響き渡るくらいの奇声をあげた。
念のためもう一度電話する。

「おめでとうございます。合格です」

また同じことを言っている。

そう、僕は早稲田に受かったのだ。

1、高2の頃の自分が「近い将来、早稲田に合格している」と聞いたら、どんな顔をするだろう。
きっと信じてくれないはずだ。

なぜなら僕は、自分が早稲田に受かるなど決して信じられない、ひどい高校生活を送ってきたのだ。

田舎の自称進学校でくすぶる日々

遡ること、4年前。
僕は第一志望だった高校に入学した。
いわゆる自称進学校だが、当時の自分が背伸びしてやっと行ける高校だった。
ちなみに僕がこの高校に入った目的は、大学に行くこと。そして、大学で政治を学ぶこと。
これはわりと本気で思っていた。

中学時代、たまたま地元の政治家の演説を聞いたことが、全てのきっかけだった。
当時、僕は政治に興味なんか全くない、普通の中学生だったから、正直、その政治家の言ってることはよくわからなかった。
でも、彼の熱さに心を動かされ、彼への憧れから、将来は政治家になろうと決めた。
僕は大学に行って政治を学びたいと強く願い、そのために高校へ入学したのだ。

「この高校に行けば、絶対大学に行けるはず!」

しかし、そんな期待は、すぐに裏切られることになる。

僕は、入学して間もなく、授業についていけなくなった。

だから、授業中は寝るか、ボーーっとするか、内職するかの三択。
問題を当てられる授業では、教科書ガイドを買って、答えを教科書に書き込んでいた。
なぜなら、当てられてもわからないから。答えられないから。

要するに、変にプライドだけは高かったので、バカと思われるのが嫌だったのだ。

そうやって、周りに勉強ができないことを隠していた。
出来ない自分を隠して日々を過ごしていくのは、本当に苦しかった。
毎日の授業は、苦痛で仕方なかった。
時が経つにつれ、どんどん周りに置いていかれる。

でも、それだけじゃなかった。
僕はさらに追い打ちをかけられた。

自称進学校特有の、ありえない量の課題のせいである。

ただでさえ授業についていけないのに、毎週ありえない量の課題が出される。
だから、勉強が嫌になって、入学して1ヶ月も経たないうちに勉強をしなくなった。
僕が勉強するときは、定期テストの1日前だけ。
でも、前日に丸暗記するだけだから、すぐに忘れ去ってしまう。
そして課題は、締め切り直前に友達の答えを写すだけ。

だから、僕はどんどん落ちこぼれて、進研模試は偏差値40台が当たり前。
模試の学年順位では、279人中267位という、ほとんど最下位の成績を取ることすらあった。
特に英語は苦手で、「偏差値50は賢い人が取れるもの」だと思っていた。

部活がゆるい軽音楽部だったこともあり、いつしか惰性で毎日を過ごすようになっていた。

私立大学受験という選択肢

しかし、そんな僕にも転機が訪れた。
高1の終わり頃、卒業式の日のことだ。
式が終わった後、先輩を送り出すために部活の集まりがあったのだが、そこに同志社と明治に合格した先輩がいた。
当時の僕は「同志社と明治って賢いの??」という感じで、詳しいことはぜんぜん知らなかった。
なぜなら、田舎特有の国公立至上主義に洗脳されていたからだ(笑)

「国公立じゃないとダメだ。私立はダメだ」

先生からそう言われ続けていたし、周りもそんな雰囲気だった。
だから、「国公立に行く」という選択肢以外考えられなかったのだ。
しかも当時の僕は、「国公立はどこの大学でも難しくて、賢い人しか入れない」と勘違いしていた。
つまり、国公立という選択肢しか考えていなかった僕は、そもそも大学に行けるわけがないと思っていた。

しかし、僕は先輩の話から、私立は3教科で受験できるらしいと知った。
これは大きな希望だった!

3教科ならいける!私立ならいける!

そう思って、地元の国公立である香川大学よりもレベルが高いことを知らず、とりあえず関関同立を志望校にした。

とにもかくにも、この大きな勘違いから僕の受験勉強が始まる。
と、思いきや……

現実は厳しかった

先輩の話でやる気が出た僕は、本屋に行って英単語帳を買った。
「受験勉強するなら、まずは英単語から!」と考えたのだ。
「ゴロで覚える英単語」みたいな単語帳を買ったのを覚えている。
高校に入って参考書を自分で買ったのは、これが初めてだった。
参考書を買った帰り道、僕はとてもワクワクしていた。
これから人生が変わっていく、と心から信じていた。

だが、単語を全く覚えられない。面白くない。

やる気を失った僕は、1週間も経たないうちに勉強を辞めてしまった。
以来、学校外の仲間と組んだバンドに夢中になったり、恋愛をしたりと青春を謳歌し始めた(笑)

もちろん勉強に関しては「授業中は寝るか内職かボーっとする」「定期テスト前以外は絶対にしない」「課題は丸写し」という生活に戻っていった。

でも毎日が楽しかったから、危機感なんて感じずに毎日を過ごしていた。
しかし、そんな僕もあることがきっかけで、受験勉強を始めることになる。

ラストライブが終わったら、受験勉強を始めよう!

高2の10月。
組んでいたバンドが解散することになった。

「解散したあとどうしよう?」と考えたとき、

「このままじゃ自分の将来はやばいな…行ける大学はあるのか?」

そんな不安が頭をよぎった。僕はようやく、将来への強い焦りを感じるようになったのだ。

「よし、このバンドのラストライブが終わったら、受験勉強を始めよう!」

僕はそう決心した。
ラストライブは10月末。だから11月から受験勉強を始めようと誓った。
僕の決心は固かった。
周りから新たにバンドを組もうと誘われても、頑なに断った。

偏差値40台・志望校は早稲田・残り時間は1年3ヶ月・独学

そして宣言通り、僕は高2の11月にようやく受験勉強を始める。

そのときの偏差値は進研模試で国英偏差値47.9(英語44.6、国語50.1)だった。

ちなみに僕は、高校受験を丸暗記で乗り切ったので、中学レベルの基礎学力すら危うかった。
特に英語は、三単元のsと複数形のsを混同していたり、不定詞のtoと前置詞のtoを混同していたり、というひどい有様だった。
それに、高校入学後は真面目に勉強をしてこなかったから、習ったことが当然身についているはずもなく…

ほぼ中学レベルからのスタートだった。
本当に底辺レベルの学力だったため、僕は塾に行かず、独学での受験を決意した。

なぜなら、
「映像授業はお金がめっちゃかかりそう」
「集団授業は当てられるのが苦痛。学校と同じでついていけなくなりそう」
「個別塾はなんか信頼できない」
と思ったからだ。

従って、自分以外に頼るもののない僕は、自然にネットで勉強法を調べるようになった。

すると「偏差値40台からでも早稲田に受かる」といった内容の記事を頻繁に見かけるようになり、ひょっとして自分も早稲田に行けるんじゃ…?と思うようになり、早稲田を目指し始めた。

また、「将来は政治家になりたい」という夢は途絶えていなかったので、大学では同じ想いを抱いている人とたくさん出会いたいと思っていた。
早稲田なら、絶対にそういう人がたくさんいるはずだ!と信じていた。

「偏差値40台後半・志望校は早稲田・残り時間は1年3ヶ月・独学」

僕の受験は、ここからスタートした。

こんなペースで間に合う気がしない

独学で受験勉強を始めたものの、自分ひとりで勉強していくのは不安だらけだった。
そこで僕は、「朝勉同好会」なるものに参加することにした。
「朝勉同好会」はその名の通り、朝早くから勉強する人たちの集まりだった。

朝7時に家を出て、40分自転車を漕いで学校に行って、朝勉をする。
そして、放課後も下校時間ギリギリまで残って勉強を続けた。
授業は聞かず、課題も真面目にせず、家ではだらだらしていた自分が毎日勉強をしているなんて、正直考えられないことだった。
しかし、頑張っても頑張っても、参考書で勉強したことが定着しない。成績も上がらない。計画通りに進まない。

今思うと、この頃は勉強すること自体に満足していたのだと思う。

そして気付けば年が明け、センター試験の時期。
僕の高校では、高2生が必ずセンター模試を受ける決まりだったのだが、ここで大きな絶望を味わうことになる。

センター試験に、全く歯が立たないのだ。
英語なんかは、単語レベルでわからないから思考停止状態。
国語も、同じ日本語かと不安になるほど、何が書かれているのかよくわからない。
ハッキリ言って、ロトシックス感覚で解いていた(笑)

結果、「英語筆記48/200点、国語82/200」という絶望的な数字を叩き出してしまった。

つまり英語2.5割、国語4割だ。

さすがに、この結果を見て僕は焦った。本当に間に合うのか…?と。
どう考えても、今のセンターの点数からして、早稲田へ進学するなんて非現実的すぎる。
この先、中学から必死で勉強してきた人たちを相手に戦わなければいけないと思うと、深すぎるため息が漏れた。

内心、早稲田に行ける気がしなかったけれど、それでも毎日勉強を続けた。

諦めることができなかった

高3になる手前、東京旅行も兼ねて家族で「早稲田大学」と「明治大学」を見に行くことになった。
僕にとっては初めてのキャンパス見学で、すごくワクワクしていた。

まず、最初に早稲田を見に行った。
その日は、ちょうど教育学部の入学式をしていた。
キャンパスはあまりに人が多く、ハッキリ言ってやかましいほどだった。
でも、僕はその光景に心を奪われた。理由はわからない。
ただ、ここには何かがあるという直感を得たのだ。

次に明治。明治は早稲田と対照的だった。
小奇麗なビルで、キャンパスはすごく落ち着いていた。
だから、

「自分はあんなうるさいところ(早稲田)は合わない。明治のビルの方が綺麗だし、こっちの方が都会っぽくていい!」

無理やりそう思おうとしていた。
当時の僕は内心、早稲田にはきっと受からないだろうと思っていたからだ。
しかし反面、頑固な性格のせいで諦めきれずにいたので、結局はこっそり撮っていた大隈講堂の写真を、スマホのロック画面に設定した。

<次回へ続く>

【書いた人】
Sセンセイ

“自称進学校”出身で、高校時代は非効率な授業や課題に悩まされつつも、センセイプレイスと出会い、偏差値40台から早稲田大学社会科学部に逆転合格。大学受験生一人ひとりに最適な“勉強法のカスタマイズ”を行うセンセイプレイスの卒業生。馬場センセイの元教え子。

報われない努力はもう終わりにしよう

成果を出す秘訣は『勉強のやり方』を
180度変えること!

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実に多くの受験生が、このような状況に陥っています。
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加えて、性格・環境・ライフスタイル・考える力――全てが違います。
だから、そうした「違い」を無視して誰かの勉強法を真似しても、自分にぴったりハマることはなく、成果にはつながりません。
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  • “ 志望校合格 ”というゴールから逆算して学習計画を立て
  • 「どんな教材を、いつまでに、どんな方法で」勉強するのか、具体的なアクションに落とし込み
  • 実際に行動して得た結果を材料に、より良い学習計画に改善していく

というサイクルを生み出すことです。そして、それを自らの意志で継続的に回し、磨いていくことが成功の鍵です。

センセイプレイスは、志望校合格から逆算した、戦略的な学習の進め方を指導。
「どの参考書がオススメか」ではなく、それを「いつ・どんな目的で・どう使うか」という『実践』の部分に最も注力。
専属のコーチマンツーマンで、1人ひとりに合った勉強のやり方を指導します。
皆それぞれ状況が違うのだから、100人100通りのやり方があって当たり前。
参考書に、また闇雲に手をつける…その前に、いま立ち止まって『勉強のやり方』を180度変える体験をしてみよう!

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S

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“自称進学校”出身で、高校時代は非効率な授業や課題に悩まされつつも、センセイプレイスと出会い、偏差値40台から早稲田大学社会科学部に逆転合格。大学受験生一人ひとりに最適な“勉強法のカスタマイズ”を行うセンセイプレイスの卒業生。馬場センセイの元教え子。