偏差値40台からの早稲田逆転合格体験記 #4 ― センター試験編 ―


<前回のあらすじ>
勉強法カスタマイズのプロフェッショナル・馬場祐平と共に、早稲田合格に向けて進撃を開始した「S」。
充実した学習を継続する一方、目に見える成果はなかなか上がらず、高3の11月時点でも、依然として合格判定はEのまま…。
その上、担任教師は進路懇談にて、
「受験校が早稲田と同志社だけは厳しい。他の大学も受けなさい」
と追い打ちをかけてくる始末。
しかし、Sは頑なに教師の勧めを拒み、自分の進学したい「早稲田」と「同志社」だけを受けると決意した。

偏差値40台からの早稲田逆転合格体験記 #3 ― 成長と決意編 ―
<前回のあらすじ> “受験の天王山”と呼ばれる夏。 志望校E判定を脱出しきれず、しかも、受験勉強が毎日のように計画倒れになってい...

恐れに打ち克ち、己に打ち克て

受験校を決めたはいいものの、実を言えば、僕の心はいつ折れてもおかしくない状況にあった。
11月に受けた模試の結果は、相も変わらずE判定
おまけに、いくら早稲田の過去問を解いてみても、合格最低点に届く気配は一切なかった
過去問を解くたび、その結果を目の当たりにして愕然とする。
しかし、それではいけないと気を取り直し、再度挑戦するもまた出来ない、の繰り返し。
いつしか、過去問を解くことは恐怖の対象になっていた。

「もうイヤだ。受験なんかイヤだ…」

ハッキリ言って、半ば諦めモードに突入していた。
でも僕は、「臭いものにはフタをしろ」の理論で、マイナスの感情に気づかぬフリを決め込む。
何事もない風を装って、勉強を続ける毎日――。
いつしか、心の闇は独りでに膨れ上がり、ペンを握る自分の手がしばしば止まるようにさえなった。

そんな僕に対し、馬場先生はこんな風に話してくれた。
「過去問で点数を取れないのは仕方ない。なぜなら、今までは過去問を解くための基礎力を中心に身につけてきたんだ。だから、そんな理由で落ち込むのはもったいないぜ」
馬場先生の言うことは、もっともだった。
過去問を解いて足りない力をあぶり出し、そこを徹底的に潰してく。
元はと言えば、そのために僕は過去問を解いていたのだ。
苦手範囲を潰しきり、本番で合格をもぎとればいい。
よくよく考えてみれば、ただそれだけのことだった。
僕は冷静な心と頭で、現時点での自分の実力、そして科目ごとの弱点を、改めて理解しようと努めた。

「己に打ち克ち、恐れに打ち克て」

馬場先生は出会った当初から、僕に繰り返しそう言い続けてきた。
でも、この言葉の意味をやっと理解できたのは、まさしく、この辛く苦しい時期の真っ最中だったと思う。
「恐怖のあまり、僕は『過去問を解いても全く出来ない』という現実を直視できなくなっていた。でも、それこそが悪循環を引き起こしていた原因に違いない」
己の心の弱さを受け入れ、僕は現状をこのように捉え直した。

心の切り替えに成功し、再び集中して机に向かえるようになると、瞬く間に時が過ぎ、年の瀬を迎えた。
昨年までは、テレビ番組を見ながら年越しうどんを食べていた僕だったが、このときばかりは大晦日も正月も関係なかった。
無我夢中になって勉強を続けた。そこに苦しさはもうなかった。

そして年明け、遂に願書を書いた。
センター利用入試では、同志社・明治・立教の3校。
一般受験は、進路懇談で宣言した通り、以下の4つに絞った。

早稲田大学政治経済学部
早稲田大学社会科学部
早稲田大学教育学部
同志社大学法学部

当時の自分の実力からすれば、いわゆる“ 滑り止め ”は一つも存在しない。
さあ、受験終了まであと2ヶ月、最後の勝負だ!

センター試験

1月16日。僕は人生初の大学入試、“ センター試験 ”を迎えた。
一般入試を最優先に考えていたから、センター対策に割く時間は1週間だけと割り切って勉強したが、その成果は予想以上だった。
基本的に、僕が実践した対策は以下の2つだった。

① 受験する文系3教科(国語・英語・政治経済)の過去問分析を行い、あぶり出した苦手範囲を集中して学習する
② 各教科について、自分が実力を発揮しやすいよう、設問を解く順番を事前に決めてから過去問を解く

最終的には、3教科平均で90%近くの正答率を叩き出せるまでになった。
早大合格のため、基礎力をしっかり身につけていたことが功を奏したらしい。
センター利用入試では、先述の通り、同志社・明治・立教に出願していたが、この3校の場合、文系3教科で8割後半~9割を得点できたら合格の可能性は十分。
だから、当日は自信を持って、試験会場になっていた地元の国立大学に向かうことができた。

「練習通り力を出せれば、合格できる!」

そう自分に言い聞かせ、強く鉛筆を握り締める。
やがて、試験開始を告げるベルが鳴った。

1科目めは「政治経済」
こちらは得意科目だったし、解き始めの段階から、ハッキリとした手応えを掴むことができた。
終わった時点で、これは90点を越したに違いない、と確信できるほどだった。
良い流れを生み出すことができ、僕は心の中でガッツポーズを決めた。

2科目は不得意教科の「国語」だったが、こちらも波に乗れた。
8割は期待できそうだった。

そして3科目めは「英語」。この調子でいけば合格の可能性は十分残されているので、気を引き締めて臨んだ。
――が、どういうわけなのか、イメージ通り解き進めることができなかった。
試験中におかしな焦りが生まれ、ペースがめちゃくちゃに乱れた。
これに気づいた僕は、「大丈夫だ、落ち着こう」と自分に言い聞かせたが、かえってリズムは崩れ、焦りはさらに強まった。
試験終了のベルが鳴ったとき、「センター利用での合格は無理だ…」と一瞬のうちに悟った。

結果、政治経済「91/100」 国語「155/200」 英語「125/200」 リスニング「30/50」

正答率は、合計で72%。センター利用での合格は絶対に不可能な点数だった。
ひたすらに悔しかったけれど、落ち込んでいても何も変わらない。
だから試験の翌日、自分はどうしてあんな焦りに陥ったのかを、一日中飽きることなく分析した。

すると答えが出た。

失敗の最大の原因は、「本番を意識した過去問演習」ができていなかったこと。
つまり、過去問を解く際、本番同様のプレッシャーを自分にかけられていなかったのだ。
だから本番、プレッシャーに負けた。よくよく考えてみれば、至極当然の結果と言っていい。

「センター試験の失敗を、ただの失敗で終わらせたくない」

そう決意した僕は、以降、早稲田の過去問を解く際、センター試験会場で感じたリアルな雰囲気を、正確に頭の中で再現することを決めた。
自らに、本番同様のプレッシャーを徹底して課すこと。
これは過去問を解く際、決して欠かしてはいけない視点だと確信した。

責任転嫁

センター試験の失敗を糧に、意気込んで巻き返しを図った僕だったが、勉強は再び停滞した。
理由は単純だった。早稲田の過去問の点数が、一向に伸びない――。
「過去問を解いて苦手範囲をあぶり出し、そこを淡々と潰していく。それだけでいい」
頭の中ではそう理解していた。
にもかかわらず、心では納得できておらず、本当にウンザリし始めていた。
そして、その薄暗い気持ちは、通っている高校に対する怒りに変わっていった。

*   *   *   *   *

実を言うと、僕は12月に入って以降、週1,2回ほど学校を休むようになっていた。
理由は無論、“ 自分の受験勉強を進めるため ”である。
でも、当然ながら、そんな行為は僕の高校では許されない。
その証拠に、僕の欠席中、「過去、この時期に学校に来なかった者は大学に落ちた」という話を担任教師がしたらしかった。
これは言うまでもなく、僕に対する警告に違いなかった。

「私立大志望の上、学校をよく休む」

そんな僕は、国立大合格至上主義の“ 自称進学校 ”である我が校において、明らかな異端児だった。
しかし、律儀に学校に通っていたら、明らかに早稲田合格において不利になる――。
だから、周囲に白い目で見られることは覚悟の上で、週1,2回ほど学校を休み続けた。
でも、それは僕の心に不安の種を植えつけた。

「授業中、先生が不愉快なことを言い出すんじゃないか」
「教室の中にいるだけで、わけもなく周囲の視線が気になってしまう」

ひっきりなしに、そんな思いが心に渦巻いた。
この時期、僕は学校生活そのものに対して、耐え難い苦しさを覚えていた。

*   *   *   *   *

「……学校のせいで、勉強が上手くいかないんです」

指導中、そんな素直な気持ちを打ち明けると、馬場先生にこう訊ねられた。

「自分の勉強がブレてしまっているのは、本当に学校のせいかな?」

それを聞いたとき、ハッとさせられた。
僕は物事の上手くいかない理由を、環境のせいにしていただけではないか、と。
「“ 結果 ”に対する覚悟ができていなかった」
馬場先生との指導後、そんな言葉が脳裏をよぎった。

覚悟のススメ

指導の翌日、僕は徹底的に自分と向き合った。
テーマは、「受験結果に対してどんな覚悟を持つか」。
僕の受験生活において、考えられる最終結果は4つ。

① 早稲田にも同志社にも受かる
② 早稲田に落ちて、同志社に受かる
③ 早稲田に受かって、同志社に落ちる
④ 全落ち

確率的には、“ 全落ち ”が一番高い。それは重々承知していたつもりだった。
にもかかわらず、僕は早稲田に受かることしか考えていなかった。現実逃避をしていたのだ。
そして、半日自分と向き合った末、僕は覚悟を決めた。

「たとえ同志社に受かっても、同志社には行かない。その場合は、浪人する。なぜなら、東京に行きたいから。早稲田に行きたいから」
「全落ちして、浪人生活を送ることになってもいい。もう一年、僕はチャレンジしたい」

そう決意すると、不思議なことに、浪人生活に対してワクワクが芽生えてきた。
なぜなら浪人生は時間がある。次の一年は、一日中勉強し続けなくても早稲田に受かるだろう、という自信もあった。

「浪人したら、政治について受験の枠を超えた勉強がしたい。英会話もしたい。本をたくさん読みたい。ボランティアとかするのも面白そう」

“ 早稲田に落ちたら終わり ”ではなく、むしろ、浪人することになっても楽しい人生が待っている。
どんな結果になろうと、僕はその道を自信を持って歩んでいける。そう確信した。

どんな結果が待っていようと、常に未来に対してワクワクできる。
早稲田に落ちても怖くない。
でも、今年合格できたら、一番ワクワクする未来が待っている!

最高の状態だった。

覚悟を決めたことで、恐れに負けず、過去問に挑戦し続けることができるようになった。
合格を掴み取るために。

<最終回へ続く>

【書いた人】
S

“自称進学校”出身で、高校時代は非効率な授業や課題に悩まされつつも、センセイプレイスと出会い、偏差値40台から早稲田大学社会科学部に逆転合格。大学受験生一人ひとりに最適な“勉強法のカスタマイズ”を行うセンセイプレイスの卒業生。馬場センセイの元教え子。

報われない努力はもう終わりにしよう

成果を出す秘訣は『勉強のやり方』を
180度変えること!

  • ネットで調べた勉強法を試してみたけど、成績が上がらない
  • 人気の参考書を、オススメの使い方で勉強したのに、知識が定着しない
  • 同じ志望校の人の合格体験記を参考に勉強してみたけど、模試は“E”判定

実に多くの受験生が、このような状況に陥っています。
そして、他者を真似た勉強が上手くいかないのには、明確な理由があります。

受験生は皆、それぞれ志望校も違えば、学力も違うから

加えて、性格・環境・ライフスタイル・考える力――全てが違います。
だから、そうした「違い」を無視して誰かの勉強法を真似しても、自分にぴったりハマることはなく、成果にはつながりません。
成果の出る本物の勉強とは、自身の学力などの現状を客観的に把握した上で、

  • “ 志望校合格 ”というゴールから逆算して学習計画を立て
  • 「どんな教材を、いつまでに、どんな方法で」勉強するのか、具体的なアクションに落とし込み
  • 実際に行動して得た結果を材料に、より良い学習計画に改善していく

というサイクルを生み出すことです。そして、それを自らの意志で継続的に回し、磨いていくことが成功の鍵です。

センセイプレイスは、志望校合格から逆算した、戦略的な学習の進め方を指導。
「どの参考書がオススメか」ではなく、それを「いつ・どんな目的で・どう使うか」という『実践』の部分に最も注力。
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S

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“自称進学校”出身で、高校時代は非効率な授業や課題に悩まされつつも、センセイプレイスと出会い、偏差値40台から早稲田大学社会科学部に逆転合格。大学受験生一人ひとりに最適な“勉強法のカスタマイズ”を行うセンセイプレイスの卒業生。馬場センセイの元教え子。

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