“部活ガチ勢”、非進学校から関西大学へ逆転合格!

現役生 / 富山県
合格校:関西大学(経済学部)、富山大学(経済学部)、大阪経済大学

ざっくりまとめ

・高校受験で失敗。大学受験でリベンジを誓うも、部活漬けで勉強時間が取れない
・センセイプレイス入会後、部活と勉強の両立が可能に
・高3の10月に受験科目を変更。それが奏功して関西大学に逆転合格!

1.センセイプレイス入会前

大学受験でリベンジを誓うも、“部活ガチ勢”に

――当時の状況について教えてください

僕は高校受験で失敗して、2次募集のあった定員割れの高校に進みました。なので、高校入学早々から、「大学受験ではリベンジする。難関大へ進学する!!」と心に決めていました。

僕にとって高校受験の失敗は、本当に大きな挫折経験でした。というのも、近隣の高校は、どこも受験倍率が1.1倍くらいで、不合格になる人なんてほとんどいなかったからです。

実際、僕の通っていた中学では、第一志望の高校に不合格だったのは、学年約80人中たった2人だけでした。そのうちの1人が僕だったんです。

当時、同じ中学の同級生たちでLINEグループを作っていたんですが、そこではみんな「合格おめでとう!」と言い合っていて、それを見るのが滅茶苦茶辛かったですね。だから、“失った自信を取り戻したい”という気持ちで、大学受験でのリベンジを誓ったんです。

――受験勉強において、どのような課題を抱えていましたか?

高校では、校内で最も厳しい“卓球部”に入ったせいで、勉強時間をほとんど確保できない、というのが課題でした。実は僕、小5から本格的に卓球をやっていて、中学時代は団体戦で県3位、個人でも県ベスト8という成績を残していたので、強い勧誘に遭って入部したんです。

基本的には、一週間毎日練習があって、土日も両方、丸一日潰れるのが当たり前でした。しかも、クリスマスから正月の終わりまで、“卓球の本場”中国で強化合宿があったりで、冬休みでさえまともに勉強時間が取れませんでした。

ごく稀に休みの日がありましたが、そんなときは、「え、まじで?」と前のめりになる感じでしたね(笑) 独学で受験勉強を始めてはいましたが、家に帰ったらすぐ寝てしまうことも多く、成績は全く伸びませんでした。模試の偏差値も、45以上はとったことがないと思います。

2.センセイプレイス入会後

「部活も勉強もどっちもやらなきゃ…」という焦りが消えた

――センセイプレイスを知ったきっかけは?

高2の夏、ネットで受験情報を収集していたところ、偶然センセイプレイスの存在を知りました。その直前、修学旅行で関大(=関西大学の通称)のオープンキャンパスに行ったんですが、そこで引率の教師が「自分たちの高校から関大に行った者はほとんどいない」と話していたので、「それなら、僕行きます!」と宣言したんです。

周りからは相当驚かれましたが、僕は本気でした。以来、必死で受験情報を集めるようになった、というのが詳しい経緯です。「今の状況から逆転合格できるのか?」、「勉強しているのになぜ成績が伸びないのか?」など、相談したいことがたくさんあったので、体験指導を申し込みました。

――センセイプレイスを選んだ決め手を教えてください

当時の僕は、部活であまりに忙しく、物理的に塾に通えない状況でした。でも、センセイプレイスの指導はオンライン。しかも自宅で受けることができます。指導は週に1時間なので、それを確保するくらい何の問題もありません。だからこそ選びました。

また、センセイプレイスに入るまで、独学で受験勉強していたからこそ、伴走者である学習コーチのありがたみが分かりました。入会前の僕は、闇雲に参考書をやったり、終いにはマーカーを引いただけで勉強した気になったりという状況でした。

でも、体験指導を通じて、「自分の勉強法のどこが間違っていたのか?」に気づくことができました。「こんな風に毎週相談して、勉強法をアップデートしていけば、本当に関大に合格できるかもしれない!」と手応えを感じましたね。

――センセイプレイスに入会して、どのような変化がありましたか?

「部活も勉強もどっちもやらなきゃ…」という焦りがなくなったのが、最大の変化でした。担当コーチは、“部活をやり切りたい”という僕の気持ちをよく理解して、「勉強時間はほとんど取れないけど、その中でできることをやっていこう。その代わり、部活を引退したら、フルスロットルで受験勉強を始めよう」と提案してくれました。

部活をやっている間は助走期間と位置付けて、英単語や英熟語の暗記など、やれる範囲で基礎固めしておけばOK、という前提で長期の学習プランを立てたんです。以前の僕は「部活している分の遅れを取り戻さなきゃ」と焦るあまり、できもしない勉強量をこなそうとして失敗していましたが、そういうことは一切なくなりました。

高校生活最後の県大会で好成績を収め、北信越大会まで進むことができたのも、メリハリをつけて部活と勉強を両立できるようになった結果だと思います。『マナビバ』で色々な人たちから部活動を応援してもらえたのも、とても大きな励みになりました。センセイプレイスって、関わる人たちみんながアットホームで、本当にあったかい場所なんです。

3.合格までの道のり

ターニングポイントは、“数学”から“地理”への受験科目変更

――受験本番まで、どのように過ごしましたか?

部活引退が決まったその日から、僕は地元の図書館にこもりきりになりました。担当コーチと約束していた通り、フルスロットルで受験勉強を始めたんです。夏休み中は、毎日必ず10時間以上勉強しました。部活で養った集中力と忍耐力が、ここぞとばかりに活きたんです。

本番までの過程で、大きなターニングポイントになったのは、私大受験の選択科目を、数学から地理に変更したことでした。英語と国語は順調に成績が伸びたのですが、数学だけはどうしても伸びず、どれだけ勉強しても好きになれなかったんです。なので、10月半ばに差しかかっていたにもかかわらず、今まで勉強してきた数学を捨てようと決意しました。

私大受験は3教科だけなので、数学で大きく失敗したらその時点でお終いです。英語と国語で確実にその分を取り返せるかというと、それも怪しい。だからこその方針転換でした。

時期的にも、地理への科目変更は、リスクの大きい賭けのように思えるかもしれませんが、これは慎重に考えた末の決断でした。僕は元々、海外サッカーを観るのが好きだったので、各国の地名なんかは結構詳しかったんです。

さらに、ネットで地理の参考書を調べ上げ、自分なりに参考書プランを組んだりもしました。その結果、「これならいけそうだ!」と思えたので、自分から科目変更を申し出たんです。すると、この決断がぴたりとハマりました。

「ドイツのバイエルン州って、ビールが名産だったんだ。だから、バイエルンのサッカーチームが優勝すると、みんなビールを被っていたんだ」とか、そういうことを知れるのが楽しくて、勉強を始めて2ヶ月で4冊の参考書を覚え切りました。そして3ヶ月目には、関大の過去問で合格点を取れるようになっていました。指導を通じて、自分のことがよく理解できるようになっていたからこそ、迷わず大きな決断を下せたのだと感じています。

――受験期で最も印象深い思い出を教えてください

関大は、全部で5学部に出願していました。過去問を解いた結果では、4回に1回は合格点に届くようになっていたので、最低でも1学部は受かるだろうという自信がありました。受験勉強をやり切ったという手応えもあったし、すごく理想的な精神状態で本番に臨むことができました。

でも、本物の試練は、その先に待っていました。3つ目の試験が終わったあと、ふと思い立って自己採点してみたら、それまで受けた3学部の全てが不合格だったと気づいたんです。どの学部も、合格点に10点ほど足りていませんでした。残すはあと2学部だけ。初めて焦りを覚えました。

そして、迎えた4つ目の試験日。僕は試験会場に着いた途端、大号泣してしまいました。高校受験に失敗したときの嫌な思い出がフラッシュバックして、突然身体が動かなくなってしまったんです。そのとき、付き添いに来ていた母親が、僕を見かねて単身赴任していた父親に電話をかけてくれました。すると、父親はこんなことを言ってくれました。

「よく頑張ってきた。もし結果が思うようなものじゃなくても、努力した成果は無駄ではない。不合格だったとしても、ただ神様が意地悪しただけのこと。気にすることはない。それに、大学なんてどこでもいいと思っている。お前は高校受験に失敗して、行きたくなかった高校に進学することになったが、そこでもこれまでのように努力して成長できたじゃないか」

父親の励ましを受け、僕は勇気を持って会場に足を踏み入れました。結果、僕はその日の試験で、関大に合格しました。厳しい部活をやり抜いての逆転合格に、周囲は本当に驚いていました。

――今振り返ってみて、受験の成功の秘訣とは?

“自分を知る”ということができたからです。先に話した通り、自分をよく理解できていなければ、科目変更に踏み切ることは絶対にできなかったと思います。

“自分を知る”ことができたのは、センセイプレイスに入会したからだと、今になって改めて感じています。学習コーチは、「どうしてその勉強法が良いと思うの?」といった質問を常に投げかけ、生徒の考えを整理したり、意見を引き出してくれます。

それから、毎日『学びログ』を書くことで、日々の学習の成果や反省点を可視化できるので、思いも寄らなかった改善点に気づくこともできます。こういったことの積み重ねで、“自分を知る”ことができるようになったんです。

センセイプレイスの生徒は、普通の塾や予備校とは違って、常に自分の頭で考え、責任を持って色々な判断を下すことになります。だから僕自身、ときには誤った選択をすることもありました。

でも、そうやって失敗を重ねていくうちに、判断の精度が上がっていったんです。自分から科目変更を申し出ることができたのも、そうやって身につけた判断力の賜物だったと感じています。

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